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動かないとだめな人

世の中には、何かイベントをこなさないと退屈でしょうがないというタイプの人がいる。たぶん私もその一人だ。

父は私以上にその気がある。たぶん、器質的な問題が影響しているのだろう。

 

正直、生まれによるそういう傾向は直接の原因でなくても間接的に多くの不利益を生み出している気がする。

2016/12/26

心に余裕が無いと以下の傾向が出やすくなるのでは?

 

・自己主張(いわゆる「声が大きい」状態)

・他者の否定(攻撃的)

 

要するに自分が重要である、正しい存在だと実感するためにそういうことをするように思われる。

ちゃんと妥協してる?

妥協は必要。重要。

それを悪いイメージでしか言わないけど、際限のない追求は効率の悪さと破綻を招くだけだ。

 

それなのに妥協をネガティブに捉える時というのは自分と他人のどちらかが原因だ。

 

自分の場合は完璧主義に陥ったり、求めるべき水準を間違えて居たりする。

他人の場合は少し複雑で、自分のときと同じ原因に加えて、「自分がやらないから無茶を言いう」という場合もある。言うだけなら責任を取らなくていいからだ。それで相手が失敗しても努力が足りなかったといえばそれでいい。

 

結局、少し遠くから自分を含めた状況を確認した方がいいのだろう。

2016/11/09 攻撃性の自己愛

時間がないのであとで書こう。

 

他者を攻撃するのは、姑息的な自己満足ではないかと周囲を観察して思ったり。

一般に人は肥大した自己愛を持っている場合、そのために他人などどうでもいいから攻撃できるのだという。

しかし、逆に自己愛がない。歪んでいる。矮小である場合もあるのではないかと。

他人を攻撃し、他人を貶し、他人より上だと言うことで自分を相対的に上昇させているつもりになる。

端的にいうと、満たさない自己愛を一時でも充足させるために他者を利用しているのではないかと。

 

攻撃的な人は足りないものを間に合わせようとして他者を攻撃する。しかし、それは結局根本の解決にならない「怠慢」の解決法だから繰り返し他者を攻撃するのでは? などと思ったり。

2016/11/01 中毒

家族にほぼ常に何かを馬鹿にする人がいる。

正確には自分以外の誰かが間違っているとしてそれを口に出している。

 

たぶん、その人は自己評価を自分で修正しようとしているのだろう。

あいつが悪い。間違っている。そういう人の言いたいことは実は主張なんぞ変わっていない。

言いたいことはシンプル。「私は悪くない」や「私は正しい」だ。

 

なんでそんなことを言いたいかというと、多くの場合はそれがインスタントに自分を肯定できるからだ。

自分を肯定できるにはある程度何か成し遂げたほうが根拠を持てる。私は~だから意味のある人間だ。という風に。

しかしそれは労力がいる。努力や時間がいる。

だから誰かを攻撃することで「自分は何もせずに」同じ効果を狙う。足を引っ張っているのだ。

 

しかし、そういう他者への攻撃は癖になる。楽だからだ。そしてそれ以上に効果が切れるからだ。

人を貶しても自分は実は何も変わっていない。だから遅かれ早かれ自己評価はまた落ち込み始める。

それをインスタントに回復するために人をけなす。

そうやってけなす中毒患者になっていく。

 

もしかしたら、他者への攻撃が慢性化するのは攻撃性などという他者との関わりではなく、「怠慢」というあくまでも自分で完結する問題なのかもしれない。

2016/10/30 味覚

甘味に関する感覚が鈍っている可能性がある。

砂糖の入った紅茶に甘味を感じられなかった。